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競輪選手の紹介(1)松本勝明選手



競輪選手を語る上で、輝かしい実績を誇る松本勝明(まつもとかつあき)選手を忘れてはなりません。32年間の選手人生のうち、通算勝利数は1,341勝を誇ります。

ここでは、競輪の神様とも呼ばれた松本勝明選手について、紹介します。

競輪選手としてのスタート

競輪選手としてのスタート

松本勝明選手は、1928年に京都府に生まれました。旧制京都府立京都第一中学校を卒業後、東京外事専門学校へ入学した松本選手は、当初は医者を目指しており、学費を捻出するために競輪をアルバイトとして選択しました。その後、着実に力を付け、1949年6月13日に競輪選手登録を果たし、すぐにデビュー戦を迎えます。デビュー戦の舞台は鳴尾競輪場で、成績は3着でした。その後、わずか1ヵ月という短期間で初勝利を収め、その勝利が競輪選手として本格的にスタートするきっかけとなりました。競輪選手はアルバイトの延長線上では到底続けられないと判断し、東京外事専門学校を中退、競輪選手としての道を歩むことになったのです。最初に目指していた医学とは全く違う、競輪の世界へ足を踏み込むこととなりました。

競輪との出会い

競輪との出会い

松本勝明選手は、競輪選手として数々の輝かしい成績を残していますが、そもそも競輪との出会いは、彼が東京外事専門学校を受験する1949年に遡ります。その春に、父親に初めて競輪に連れて行かれたことがきっかけでした。元々スポーツには興味があったものの、競輪は見たことがなかった松本選手は、西宮競輪場で開催された競輪に強い衝撃を受けました。その感動の一方で、競輪選手のように好きなスポーツをしながら収入を得ることができるという点も、さらに興味を持つ要素となっていました。もともと医者を目指していた彼は、その学費を捻出するために競輪選手として登録することにしたのですが、当時は登録料さえ払えば誰でも競輪選手の登録ができる時代だったため、面倒な条件や準備を必要としませんでした。与えられた登録番号は578番。その後、競輪に専念することになり、輝かしい成績を残すことになります。

通算勝利数1,341勝の快挙

通算勝利数1,341勝の快挙

松本勝明選手の走行スタイルは、先行、逃げ切りが特徴です。その主戦法を武器に、数々のレースで勝利を飾ってきました。1962年には世界選手権自転車競技大会に出場し、1965年には後楽園競輪場で開催されたレースで通算1,000勝を達成しました。歴代競輪選手として初めての偉業となります。また、1970年には日本選手権競輪の決勝に進出しました。松本勝明選手が41歳のときです。1972年には通算1,200勝を挙げ、日本プロスポーツ大賞に選ばれました。引退は、1981年9月でしたが、それまでの通算勝利数は1,341勝を数え、前人未到の勝利数として称えられました。まさに競輪の神様と呼ばれるにふさわしい成績を残した選手なのです。その偉業を称えて、年に1回「松本勝明賞」が京都向日町競輪場で開催されています。引退後は、日本競輪界では初めてとなる「日本競輪学校名誉教官」の称号が与えられました。